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      (肆)  何時も何時も絵を描く様になったことは、今になってみれば、あなたにとっては大きな変化だったのかも知れない。けれど、あの頃その程度の変化など意に介せるはずも無く、ただ只白い画用紙を思い思いの黒線と色彩とが埋め尽くす様を眺めることが楽しいと思うばかりであった。それから、これも後にして思えばの話であるが、他にもあなたの変化と呼べる事があった様に思える。あなたの部屋に、誰からか送られた手紙と絵画を写した写真が少しずつ増えだしたことである。  手紙の文面を読もうとはしなかったし、あなたもそれを読み上げてくれることは無かったけれど、絵画を写した写真のことは、今も何と無く覚えている。碧水(へきすい)の青とトパーズの薄い黄色に彩られた絹の様な衣を少し開(はだ)けて身に纏い踊る様にして、長髪の女性の白い肌に映える紅色の唇が優しく笑みを携えている絵画に、今にして思えば美女と野獣の物語の世界観と調和する様な、無骨で荒々しく見えるも、けれど決して醜くなどは無い、儚げな眼をした男と、厚く情熱的な朱色の唇が他を惑わす妖艶さを思わせるも、慈悲と慈愛に満ちた瞳の女の絵画。どんな色の涙か想像し得ぬも頬を濡らす女と、女の顎に手をそっと添える男の絵画では、男女は互いに瞳は閉じ、唇は愛おしむように優しく触れている。  他にも、あなたの肖像に色彩を加えたものを写した写真も、色合いを何種にも変えて、幾数枚もあったと記憶している。その写真たちは、手紙と共に一枚一枚日を追って増えていったものと思われる。そうして、あなたもあなたで、送られてくる手紙の返事を忙しなく書き上げ、投函し続けた。  とても上手とは言えない、あなたが自分で描いた絵の写真を添えて。
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