運命Ⅲ ―一線を越える時―

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 バンッ!!  乱暴に扉が開いた。  意図した訳ではなく、余裕をなくしてやってきた男の形相は、いやに切羽詰まっており、勢いのまま部屋に入る。  目が眩むほどの迫力満点な美貌とは、つい最近も、湊が拉致された一件で鉢合わせたばかり。  漆黒の髪に、数本の銀メッシュが混ぜられた、落ち着いた色調。切れ長の深い闇色をした瞳は、己の肩越しに見えるであろう少女の姿を確認し、僅かに瞠られる。 「こころに何があったんだ……?」  魅惑的で、艶のある低音な声が、そう問うた。 「……分からない。いきなり、体調崩して……ううん、多分だけど、飲み物になにか薬入れられたんだと思うっ……!」 「薬……?」 「だって、それしか考えられない! 試しに飲もうとしたら、こころちゃんがダメだって、変になっちゃうって言うの!」 「おい……、」 「ユイが、わたしが、持ってきた水だったから、わたしのせいなんだけど、でも絶対に、やったのはわたしじゃない!」  身の潔白を証明したくて、切実な思いで弁解した。  ーーーーその時、ポン、と無骨な手のひらが、唯花の頭上に置かれる。 「誰も、疑ってねぇよ。ここは俺に任せて、お前は部屋から出てろ。なにかあったら呼ぶから」 「っう、ん……」  あの時と、同じだ。湊が見知らぬ集団に誘拐されて、泣きじゃくり、取り乱すしか能がなかった唯花を、冷静に宥めてくれていた。  殆ど交流がない唯花の言葉にも、きちんと耳を傾けてくれる彼。  最初、彼女から、陽をこの場所に呼んで欲しい、と聞かされた時、我が耳を疑った。同時に彼が、こころが選んだ恋人なのかと驚いた。  唯花の彼氏を指名されても返答に困るところだが、この"普通じゃなくなった状態"の時に縋り付けば、どんなに紳士を装った男でも忽ち理性は崩壊する。  只でさえ、胸を上下に揺らして、大きな瞳を潤ます表情は、女性から見ても、蠱惑的。  手を出すな、と言うのは拷問すぎる。  唯花の横を通りすぎ、壊れ物を扱うような仕草で、彼女の頬に優しく触れる彼は、こころ、と切なげに名前を口にする。 「……………………、」  手に取るように伝わってきた、淡くも儚い、彼の一縷の望み。  振り向いて貰いたいと、強く懇願する様は、まるで鏡の中の自分を見ているようだった。  唯花はギュッと拳を握り締め、踵を返して医務室を後にした。
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