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その日、唯花は彼にメールをして、約束を取り付けた。
会いたいと要求すれば、二つ返事で了承する彼。
待ち合わせ場所に唯花よりも早く到着した彼を、通行人はチラチラと頬を染めつつ見ていく。
絹糸のようにサラサラなオレンジの髪を片耳に引っ掛け、色白で中性的な顔立ちをした彼は、雑誌の表紙を飾れてしまう位、男前。
『みなとくん! 待った?』
『うん、大分ね』
『もうっそこは嘘でも首を横に振らなきゃ!』
『俺に、どこにでもいるような、バカップルとおんなじような言動を取れと? 爽やかな笑顔を振り撒いて? 予定時刻を一時間以上もオーバーしておいて、心にもない台詞を吐けばいいの? せめて連絡ぐらい入れるでしょ? 社会人としてどうなの、それ。
でもまあ、唯花さんがお望みなら、俺は喜んで偽善者の仲間入りを果たすよ。えーと、なんだっけ? ーーああ、そうそう、全然、ちーっとも、待ってないよ』
『ごっ、ごめんなさいぃぃ!!』
秒速で謝罪した。
ノンブレスで捲し立てる彼は、一日一回、皮肉を交えなくてはいけないのだろうか。
無論、遅刻をした唯花が悪いのだが。
恋人に昇格しても、毒吐きマシーンは健在。今日も変わりなく、通常運転。
ある意味で、安心する。
人はーー疚しい気持ちがあると、途端に優しくなるものだから。
『唯花さん、今日は、どこ行きたい?』
『っ……じゃあ、二人きりになれる、静かなところ』
『……いいよ』
色気もへったくれもない、精一杯の唯花の誘いは、通じたのだろうか。彼の背中を追う足取りは軽くなる。
何度も乗ったことがある、バイクの後ろ。
そこはもう、唯花"だけ"の特等席だ。
バイクで走ること10分。行き着いた先は、カラオケ館だった。
予想外のチョイスに、虚を突かれる思いで彼を見上げる。
凄艶な笑みを顔に貼り付けた彼は、ピンと二本の指を突き立てて、喋る。
『静かではないけど、二人きりになれるでしょ。それと、この間唯花さんが、カラオケ行きたいって言ってたから』
『……っあ、うん、そうだったね。よぉし、みなとくん、折角来たんだから一曲も歌わないのはナシだからねっ!』
『はいはい』
深い意味はなく、何の気なしにした話を、覚えてくれていた。
そんな些細なことが信じられないぐらい、嬉しかったのだ。
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