序章:ある春の日の物語

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最寄りのバス停で降車した時、つんとした臭いが鼻をついた。 おそらく目の前の公園からだろう。 雨の降ったあとには自然の香りが残る。 それがいっそう私の記憶を呼び覚ます。 公園の敷地内には低い山があり、ハイキングコースとなっているが、今日は台風一過。人は私の他にいない。 私は公園の入り口のベンチに腰掛けた。スーパーのレジ袋を隣に置く。 と同時にK市で15年前におこった児童連続殺傷事件を思い出した。 彼もこんな山の中で被害者を殺害したのか。 15年前、私は1歳、彼は14歳。 歳は離れているはずなのに、私は当時無力な赤ん坊だったのに、何故か懐かしさを覚えた。 「…ちゃん、奈緒ちゃん」 名前を呼ばれた気がして重い瞼を開く。どうやら私は眠っていたようだ。 「買い物に行ったまんま、帰ってこないから心配したのよ」 「…清美さん」 "清美さん"と呼ぶと、彼女は困ったように笑った。 清美さんは、父の妻にあたる人だ。 優しく面倒見が良いため親戚からは絶大なる信頼を得ているが、私は彼女の事が嫌いだ。はっきり言って、大嫌いだ。 「奈緒ちゃんはどうしてこんな所で寝てたの?」 「あなたには関係のない話です」 すっくと立って早歩きで家に向かう。 「待って、奈緒ちゃん…ッ」 清美さんはハイヒールに短いスカート丈だからか、半ば小走りになっている。 「荷物持ってあげるから、貸しなさい…!」 耳を傾けることなく歩き続ける。長い道のりが幸いした。 うるさい靴音が聞こえなくなったので振り返ると、清美さんは地面に座り込んでいた。折れた右足のハイヒールを持って途方にくれている。 ざまあみろ。 口内でそっとつぶやき家路についた。
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