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ばれなかっただろうな……。たぶん二階の窓からおっさんは僕が逃げていないか監視しているだろう。もう少し玄関の入り口で様子を見て、落ち着いたら逃げよう。
そう思った矢先、玄関の上の屋根からぽたり、ぽたりと水のような物が……。
全身の身の気がよだった。塩酸だ、しかも大量の。このおっさん僕を逃がさないつもりだ。確実に僕を仕留めるつもりだ。
その時、僕の頭はここへ来る途中、飼い主からおっさんの解説を受けていたことを光の速さで思い出した。早くおっさんを見たくて、その時は軽く聞き流していたが……。
あのおっさんは過去にかなりの悪で、手に負えない奴だったということや、そのことを反省して自らの意思で水槽に入っているということ、水槽越しに人とコミュニケーションをとることが生きがいになっているということ。
自らの意思で、ということは……。いつでも水槽から出られたんだ。
僕の心に荒々しい波風が立った。
僕はおっさんの生き方を否定してしまった。
後悔先に立たず。しかし、今は逃げることだけを考えねば。
僕は塩酸が途切れた瞬間を狙い一目散に逃げた。
途中、二階からこちらを見ているおっさんと目が合った。しかしおっさんは追って来なかった。
なんとかこの場は凌げた。だが、体のどこかに小さなGPSでも取り付けられているような、どこに逃げても見つかってしまうのではないか、というようななんとも言えない感覚に襲われた。
目を開けるとそこはいつもの自分の部屋の風景だった。夢だと分かった瞬間、僕は知らず知らずのうちに「こえぇー」と口に出していた。
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