切捨御免

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「そこの者、道をあけぬか」 男は鋭い眼光で老父を睨み付けた。 継ぎ接ぎだらけの、着物と呼ぶには抵抗がある布きれを羽織った齢四拾ほどの老父は、しかし砂利道のまん真ん中で依然として上の空であった。 小雨が降りだしたため、男は帰路を急ぐ必要があったのだが、この老いぼれが道を譲らないのである。 腰の帯に差した刀を見れば、大抵の百姓は男を尊び道を譲る。 それをしないのはまだ道理をわきまえない童か、おおうつけの歌舞伎者くらいのものである。 男は血の気の多い無粋な武士とは違い、前者は見逃したし、後者にしても一度咎めるくらいの手順は踏んできた。 相手がいささか前例に無い者ではあったが、これまで通りに咎めるに至った訳だ。 しかしこの老いぼれはどうか。 男に見向きもせずにぼんやりと月など眺めている。
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