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田舎の本屋がものすごく暇というのは、必定である。
私が本屋を営む理由はもちろん本が好きだからであるが、それは「本を読むこと」が好きなのではなく、「本」という存在が好きだからだ。鉄道オタクも「ノリテツ」と「トリテツ」などと分かれるように、本好きにもそういう人がいることをお忘れなきように。
私の本屋があるのは都心から電車を乗り継ぎ約3時間、「天神」という町にある。森というよりは、林の多い町だ。駅は無人駅がひとつだけで発着は1時間おき、車がなければ買い物すらできない、超ド田舎である。歴史だけは古い。
しかし都心にはないものがある田舎が、私は好きだった。だからこそこんな辺ぴなところに本屋をつくったのである。
今は、下校時刻。小学生や中高生がマンガを立ち読みに来る時間だ。
本を買え、ガキども。
私は暮れなずむ夕日の中、暇つぶしに週刊少年誌を読んでいた。客は疎らにいる。
ふと人の気配がして店の入り口を仰ぎ見ると、「あの人」がいた。女性なので“彼女”と呼ぶべきだろうが、私はなぜか彼女を「あの人」と呼んでいる。店の常連だ。
「あの人」は店の引き戸をカラカラと開けて、店の中に入ってきた。私は一旦少年誌を閉じ、レジの下に仕舞いこむ。
「イラッシャイマセ~。」
「あの人」はキョロキョロと店の中を徘徊したのち、文庫本と恋愛出会い系の雑誌を一冊ずつ、レジに持ってきた。
文庫本を持ってきたのは、本心かカモフラージュか。よくエロ本を買う男子高校生は、夏目漱石やら森鴎外を付属して持ってくるものだ。そんな事をしても猥雑な本心はあらわれているというのに。
「1070円になります。」
会計を済ませた後、私からレシートを貰うと「あの人」は小さく会釈して店を後にした。
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