「あの人」

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それは、また半年後のことである。 私は相変わらず立ち読みをしに来るガキやエロ本高校生にイライラしていた。たまにはさわやか青年や、人一人殺してきた風な怪しい女が来てくれないものだろうか。平凡な毎日とはまことに良いことではあるが、同時につまらないものでもある。 今日はそんな刺激のない毎日にエッセンスを加えるべく、昼食のスパゲッティに七味唐辛子を入れてみた。意外に美味しかった。 その日の午後、昼食により満足した私の満腹中枢は、私のまぶたを無理やり下そうとしていた。とどのつまり、今とても眠いのである。 私があくびをかみ殺していると「あの人」が来た、半年ぶりに。 濃紺のワンピースに麦わら帽子をかぶった、清楚なお嬢さんが汚い本屋に入ってきた。まわりにいる男子高校生は、彼女にくぎ付けである。気持ちはわかるが、少々視線が下衆くさい。 「あの人」はいつものように本屋の中をぐるりと徘徊した後、レジへとやってきた。その手には某有名子育て支援雑誌と数冊の絵本、そして名づけの本が抱えられていた。 もうすぐ「あの人」は母親になるのだ。 嬉しい反面、長年見守ってきた鳥のヒナが巣立つ瞬間のような心持ちだ。私は「あの人」から本を受け取り、一冊一冊丁寧にレジ打ちをした。 「3800円になります。」 言いながら、レシートを渡す。   「ありがとうございました。」 いつも通りの挨拶。 「こちらこそ。」 「あの人」は嬉しそうに微笑みながら会釈をし、そう言った。
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