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手には封書と請求書の入った封筒を握り締めたままであったのだが、それ以上に私は、女性物の下着を抱えてお天道様の下を堂々と闊歩する自分像を想像して、押し付けられた封書と請求書を意識できない程に動揺してしまい、走りだしたのだった。しかしそれが、実氏にはやる気の表れであると捉えられた。この些細な勘違いさえ無ければ……と思い返されてならない。
一刻も早く退散しようと、長い石段に向けて境内を逆走する私に、実氏は「おーいっ!」と声をかけてくる。どうしても女物の下着を私に押し付けるべく追い掛けて来ているようであった。
ネガティブの権化とも言うべき私の思考回路は、下着を受けとったが最後、下に待ち受ける警察に捕まった挙げ句に「この破廉恥野郎!!」と散々罵られるのだ。そして見ず知らずの『しんこ』さんから変態呼ばわりされ、大学及び社会からの追放、家族からの糾弾、戦友とも呼べる数少ない同士からの迫害が待っているのだ。そんな妄想をたくましく私に提供するのであった。
とにかく、捕まってなるものかと石段目掛け突進する私に、相変わらず朗らかな口調で実氏は私の後頭部めがけて声をかける。しかし、その声も先ほどより近くに感じられ焦る私は限界を超えて速度を上げる。希望は無いが、せめて未来だけは守らねば!
そんな思いでようやく石段目前に辿り着いたものの、実氏は私の前に立ち塞がるのであった。
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