春の章

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  しばしの沈黙があったが、少し冷静になった私はよろりと立ち上がると実氏に質問をした。 「あんたに従えば、本当に何かしらの前進があるんですか?」 それは半ば諦観の境地でもあったが、ただ単に厄介事を体よく解決するための、弟子と言う名の存在が欲しいだけに思われてならなかったので、師事する効果が保証しようの無いのを理由にきっぱりと拒否を突きつけてやろうと私は決意したのであった。 睨む私の、どんな詭弁も突っぱねて論破してやろうと言う決意とは裏腹に、実氏は心底愉快そうにくつくつと笑うと、天狗の面を外しながら 「それを聞いちゃう?」 と、言った。 面の下から現れた顔は、凛々しく勝ち気な印象を受ける美丈夫と言った感じでありながら、しかしどことなく線の細い印象を受ける文句のつけようがない精悍な顔であった。 ――間違ってもイケメンなどとは言わないけどな!!断じて嫉妬ではない。 そして陣羽織から眼鏡を取り出し鼻に乗せ、続けて陣羽織を裏返しに着ると、変態ファッションがいつの間にやらくたびれた着流しに変わり、小綺麗な若旦那風に変わっていて驚いた。 驚く私を尻目に、実氏は私から請求書を取ると中を開いて私に見せた。 「半年滞納して¥59,674‐具体的な方がわかりやすいだろうから先払いしてあげよう」 そう言い不気味に笑う実氏は、ちゃんとした格好だと何をしても様になるのが腹立たしかった。
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