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期待などもはや某国民的アニメの磯野家の、父親の頭頂部の毛ほども持ち合わせてはいなかった。
そんな心持ちでの、夜も更けた薄暗い室内で、年月を感じさせる黄ばんだ紙の色に浮かび上がる題名は『我が町のお気に入り』であった。
自分の暮らす町の、好きな所を自由に題材にして書いてある作文であった。
そして、その作文は、今までものとは毛色が違った。
今の私の過去進行形ではなく、そこには活きた色鮮やかさがあった。
目を閉じると思い出される『我が町』、心の原風景。
こんな大事だった事を、なぜ忘れていたのだろうか。
懐かしき鎮守府。忘れ去られたような佇まいの緑に没した社。私だけの秘密基地。
名は『苔巖山神社(こけいわやまじんじゃ)』。
天狗が住むと言われる、天狗神社の愛称で呼ばれている神社である。
それなりに深い絶望の淵に沈みかけていた私ですら、まだ期待を持てる程に、其処へ行けば何かが変わるという望みが持てるように思えた。根拠などは当然無い。無いけど、きっと精神的に厳かな気持ちにさせられて、劇的な逆転ホームランを打った、感極まったバッターを讃える親友みたいな気持ちになれるに決まっているのだ。そんなスポーツマンな親友もやはり居ないのだが。
この期に及んでまで、都合のいい括り直しに期待する他力本願な私だが、今日はもう寝て、明日は早起きして天狗神社へ行こう。
そう思い万年床に横たわった。
しかし、『ギャップ墜ち』からの今度は『ギャップ高揚』とでも言おうか。なかなか寝付けない、歳に不相応な純情なワクワクとソワソワで、結局寝付いたのは深夜過ぎ。起きたのは昼前という自堕落っぷりに、外出前の姿見にうつる私の顔面はイラついた引き笑いがうつしだされた。
「しかし、挫けないぞ。私は今日から変わるのだ」
と、一割の決意と残りの九割の期待感をもって、いつもよりも大股に駅へと歩を進めたのであった。
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