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  二日間で、二度も実家を訪れるなどは大学入学して、わがままを言って一人暮らしを始めて以来初の事だろう。 駅でたったの七つほどの大学にも関わらず、少しでも寝ていたいという願望がもたらした一人暮らしであったのだ。 私は、実家に有る私の黒いママチャリの『黒輪号』、愛称はクロリンに「よろしくな」と挨拶をして、跨った。そして、颯爽と天狗神社目指してペダルを踏みしめた。 天狗神社は、小学生の自分がよくもまあ行ったものだと思えるくらいの距離である。 今の私が、自転車でも三十分は掛かるだろう苔巖山からさらに長い石段を登った先にあるのだ。 苔巖山自体は国道から一本それた道沿いの場所に位置するのだが、周りに民家などはない為、境内では参拝客を見たことは無かった。 記憶を頼りに、やっとの思いで辿り着いた。私は、天狗神社の石段の脇に黒輪号を停めて、やや緊張気味に一段、また一段と石段を登り進めた。 左右を見渡せば、ありふれた杉林が広がり、地面からは春らしい新芽が控え目に顔をのぞかせている。 ちょっとした自転車の移動に於いて、拓けていて、なおかつ日差しを遮るもののない国道で自転車を走らせたならば、春になったばかりでも、多少の汗をかくものであるが、日陰の神社の石段とは、こうも冷え込むものなのだろうかと思うほどに涼やかで凛とした澄んだ大気に満たされている。 ゴールの見えない石段を登るりながら、境内の冷たい空気を吸い込む事。それはまるで、体内と心を浄化する為の神妙な作業でもあるかのように感じられた。 自堕落な生活を送っていた私は、当然ながら体力に不安があり、昔は苦にも思わなかった秘密基地へと通じる道がこんなにも困難に感じてしまうのが悲しくなりながらも、登り終えた時には、涼やかな空気をぶち破るように汗をかき、必要以上に息を切らした。 膝に手を当てて俯いた状態で、呼吸を整えていた訳だが、顔を上げれば私の聖地があるのだ!と思うと、心臓は落ち着く事を知らないかのように飛び跳ねた。 私は、キチンと落ち着いてから聖地と向き合いたかった。なので必死に落ち着こうと努めた。
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