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  実際に落ち着くのにかかった時間は三分程度であっただろう。しかし、体感ではカップ麺の待機時間と同じとは思えず、なおかつ期待し過ぎて顔を上げるのが少し怖い。 どくどくと心臓が脈打つのを耳の奥で感じながら、目を閉じて俯いたまま二度三度深呼吸をし、「せーっの!」で勢い良く顔を上げた。 その時、一瞬見えた景色を私は一生忘れない…いや忘れられないだろう。 未舗装でむき出しの、長い年月をかけて踏み固められた参道と呼ぶにはみすぼらしい黄土色の道が、石段から社殿へと続いている。その参道の、私に近い木から準々に、色が白んでゆくのだ。そして、白みがかったそばから後を追うように退色していき、セピア色の風景に変わって行った。 チカチカとフラッシュを炊いたような小さな白い光が木々の間を飛び交い、尾をひく風の流れ星が、社殿から放出され、私の身体を吹き抜けていった。 セピア色に霞む視界の先の、社殿の前には子どもが居た。直感で、その子どもは昔の私に思われた。セピア色の中で、その子どもはこちらを見ていたような気がしたのだが、セピア色を吹き飛ばすように風の流れ星が吹き抜けていき、気づくと全てが普通に戻っていた。 何が起きたのかは、理解できないまま無意識に私の足は社殿へと歩を進めていた。 苔に覆われたしかめっ面の狛犬を通り過ぎ、半ば風化して崩壊しかけたような社殿の石段を登った先の賽銭箱の前に私は立ちつくした。 その時の私は、先ほどの理解の範疇にはとてもじゃ無いが収まりきらないような体験にあてられてしまっていたのだろう。 綱のついた大きな鈴はなかったけど、私は財布から紙幣数枚と小銭を適当に鷲掴みにして賽銭箱へと投げ入れた後、普段は気取ってきっちりこなしていた参拝の作法など意に介さず、手のひらが痛むほどバチバチと音をたて、普段は出さないような声で叫んだ。 「お願いします!どうか、どうか……」 どうか……と、勢い良く叫んだのだったが、後に続く言葉がすんなり出てこなかった。 自分の声が予想外に大きくて、冷静になってしまったからだ。私は今、何を望む?
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