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世界は憂鬱で満たされている。
過去にあるのは後悔だけで、現在にあるのは憂いだけで、未来にあるのは不安だけだ。
充足も希望も安寧も世界にはない。
まったくないとまでは言わないが――もしかしたら僕の知らないどこかの誰かの世界にはあるかもしれないが、しかし、少なくとも僕を取り巻く世界には存在しない。
悠然と早朝の空を行く鳥達を眺め、そんな事を考えていた僕の意識を、憂鬱で満たされた僕の世界にはおよそ似つかわしくない快活な声が唐突に引っ張った。
「おはようございます、先輩! 今日も良い天気ですね!」
まったく……朝っぱらからこんな希望に満ちた声を出せるとは一体どこの誰なのか。さぞかし満ち足りた人生を送っている勝ち組の人間に違いない。
しかし少なくとも今日までの17年間、友達と呼べる友達などいなかった僕に対してこんな風に声をかける人間などいないはずだ。
疑問符を浮かべながら声の方へと視線を向ければ、そこには腰まで伸びた長い黒髪を薫風になびかせながら僕の知らない女子が立っていた。
もう一度言おう。
僕の“知らない”女子が立っていた。
「…………」
……ああ、なんだ。単なる人違いか。
周囲を見渡しても辺りには僕しかいないが、それでもきっと人違いだ。
だって僕には女子はおろか男子にだって友達と呼べる人間はいないのだから。
まして僕の事を先輩と呼び、早朝から一緒に登校するような後輩ともなれば尚の事だ。
このなんとも不可思議な現実に僕がそう結論付け、踵を返して再び世界を憂おうとすると背後で慌てたように後輩(仮)が声をあげる。
「ちょちょちょちょちょ、ちょっと先輩! 何で無視するんですか!?」
そのまま無視して歩を進めようものなら猛獣の如く飛びかかってきかねない後輩(仮)の剣幕に僕は渋々振り返り、訝しげに言った。
「……えーと、何? キミは僕に話しかけてるのかな?」
呆れたように嘆息し、彼女は言う。
「当たり前じゃないですか。この場には私と先輩しかいないんですから」
「人違いじゃないの? 悪いけど、キミが誰だか覚えがないんだけど」
申し訳なさそうに(実際にはあまり申し訳なく思ってはいないのだが)告げる僕に彼女は屈託なく笑う。
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