幸せは短命

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「・・・・・・そうか、分かった。皆には私が申し伝えておこう」 「ありがとうございます」 ほんの少しだけ寂しそうな様子で、劉備殿は承知してくれた。わたしは深々と頭を下げる。 「大変良くして頂いたのに何の恩返しもできぬままに、本当に申し訳ありません。何かと気の回らぬ兄たちですが、それでもわたしにとっては、見捨てられない家族なのです。・・・でも、できればもっと長く、ここにいたかったです」 「顔を上げなさい、尚香。貴女が謝ることなど、何一つありはしない」 そんなわたしを制し、劉備殿は笑った。 「こんな戦ばかりの世の中では、いつ失うか分からぬ家族を大切にするのは当然のこと。何も気に病まなくて良い。貴女は我が国や私を、足蹴にして去る訳ではない。宝物を秤にかけて、より重いほうを取っただけなのだから」 本当に彼は、びっくりするくらい優しくて、物分りの良い人である。現代日本でも、もっと狭量な奴は幾らでもいるだろうに。 そして彼は、こう続けた。 「それに貴女は、私に何もできなかったと思っているかもしれないが、そうでもないのだよ」 「え?」 「貴女の笑顔は、元気さは、私に日々の活力を与えてくれた。動乱の世で、貴女の存在がどんなに私の励みとなっただろう。尚香が私の妻になってくれて、我が国に来てくれて、良かった。ありがとう」 全身の力が抜けて、危うくへたり込みそうになった。 そうか、そうか・・・・・・・・・良かった。 何もできなかった訳では、なかった。わたしはこの人の力に、なってあげられたんだ。 「幸せになりなさい、尚香。自分なりのやり方で、自分のなりたいように」 「・・・はい、玄徳様。短い間でしたけど、お世話になりました」 彼は笑顔で、わたしの頭を撫でてくれる。だからわたしも、最後は笑顔で。 「わたしは、玄徳様に嫁げて、幸せでした!」 心優しい劉備殿の記憶の中に、彼が活力をもらったと言うわたしの笑顔が、永久に残れば良い。そう願って、わたしは退出した。 翌日の早朝、わたしは呉へ向けて出立した。誰の見送りも無く、静かな中で、船は荊州を離れた。 「(さようなら、わたしの大切な思い出たち)」 荊州に来て、1年弱。離れていくかの地に、わたしは黙って一礼し、船の奥へと引っ込んだ。 今はゆっくりと眠ろう。帰国後には、諸悪の根源共をシメる仕事が、待っている。
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