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薄暗い部屋に飾られた無数の写真は影を落としていた。 映っているのは、屈託のない笑顔の陽菜だった。 男はお気に入りである一枚の写真を手に取ると、そっと唇を這わせる。 「陽菜……」 たったそれだけを呟く男は、その写真を手元に置くと、煌々と灯るパソコンの液晶画面に視線を移した。 その眼光は鈍い光りを放ち、ただ一点を見つめる。 液晶に表示されているのは、陽菜が利用している小説投稿サイト。 男は半笑いを浮かべながら、陽菜の連載している小説を読んでいた。 すると、文字を追うようにして読み進めてゆくうちに、不思議な感覚が男を支配し始める。 それは夢なのか現実なのか。 その境目が分からなくなってしまう程の、媚薬とも言うべき妄想の世界。 小説の主人公は女子高生だった。 男は脳内でその主人公を陽菜と重ね合わせ、自分はその相手役となっていた。 切ないラブストーリーの主役である陽菜を、優しく抱きしめる男。 そこに綴られたセリフが、あたかも自分に向けて放たれた陽菜からの言葉として変換されてゆく。 堪らなかった。 陽菜を今すぐにでも抱きしめて、自分だけのものにしたい。 その欲求は既に限界に達していたのである。 触れたい。 自分を見て欲しい。 気づいて欲しい。 その強い想いが、とうとう男を突き動かすのであった。 男はマウスに手を添えると、一度だけクリックする。 コメントを入力するフォームが表示されると、そこに文字を打ち込み始めた。
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