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背後から、足音が聞こえた。僕は、首をひねり、その足音の主を睨んで確認した。
「兄を殺したのは、進さん…貴方ですね?」
震えた声。震えた手。その小さな手に握られた、一本の包丁。
僕は何故か、恐怖を感じていなかった。もしかしたら駿も、僕に殺されると知った時、恐怖を感じていなかったかもしれない。
「美麗ちゃんか、そのナイフで僕を……どうする気だい?」
僕が振り返ると、美麗ちゃんはより一層震えた。折しも夏の日、生ぬるい雨がしとしとと降り、じめじめと湿った日に、何を震えているのだろうか。
「す、進さん…近寄らないで!やめて…」
彼女に近づく、その度に彼女は足に力を無くしていった。
ついに近づく距離が無くなり、僕は彼女の手をそっと握りしめた。
「やめて!!」
彼女は僕を拒絶した。僕の手を振り払い、そして振り払われた手に、彼女が握る包丁がかすった。
僕の手からは、赤い血が流れていた。どろどろと流れ、ついには地面に落ちて、土の上に垂れ、雨によって中和されていく。
そんな中、僕は彼女の手から包丁を奪い、それを彼女の腹に思い切り埋め込んだ。
彼女は悶えた声を出しながら、僕にもたれ掛かって、耳元でこう囁いた。
「人…殺し……」
彼女から完全に力が無くなると、僕は彼女を抱き締めて言った。
「誰か…僕を止めてくれ…」
その瞬間、天候は一変し、雨は強さを増した。そして、そのどしゃ降りの雨は、彼女の血を全て、洗い流した。
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