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暑い夏の夜。いつも遊んでいた河川敷で、大きな花火大会が開かれた。この村で毎年行われている花火大会だ。
二時間後、ひとつ、またひとつ、凛と輝いた大きな花を咲かせた夜空は、その一瞬の出来事すら忘れてしまったかのように、静けさを取り戻した。
今では、花火の爆音も無く、村の人々のざわめきと、ゆっくりと流れる川の音だけが、夜空に響いていた。
隣で空を見上げる加藤 凛子の顔も、赤や緑の光線を失い、今はただ月明かりに照らされているだけだった。
「綺麗だったね?」
突然、凛子の顔が、こちらを向いた。僕は恥ずかしさのあまり、顔を静かな夜空に戻した。
「うん…綺麗だったね…」
「確かに綺麗だった…だがあの最後の花火、形が歪だ…」
僕の言葉を遮るように、東條 駿がゆっくりと立ち上がった。
どうやら駿は、今年の花火に納得していない様子だった。確かに、今年は去年と花火職人が違うが、そこまで落胆する必要があるのだろうか。
「もう!また駿は愚痴ってばっかりなんだから!」
「愚痴?違うね、今年の花火職人が無能すぎるのさ」
「偉そうに、じゃあ自分であげてみなさいよ!花火!」
「ふん、将来あげてやる」
いつの間にか凛子が立ち上がっていた。凛子は顔を駿に近づけて、頬を膨らませている。
そんなふたりを見て、僕の心は苦しくなっていく。
そう…僕は…
「はいはい分かった分かった、凛子は一度言い出したら止まらないからな…帰ろうぜ、進」
「え…ああ、うん帰ろう」
僕は、ゆっくりと立ち上がり、少し前を歩くふたりの下に駆け寄った。
真ん中には凛子、そして凛子を挟むように僕らが並ぶ。いつもと同じ体形、でも凛子の顔は、駿の方へ向いている。
こんなに近くにいるはずなのに、遠い存在に感じた。まるで、遠い空に輝く花火のようだ。
ふたりは相変わらず花火について言い合っている。そしてまた、僕の心は苦しくなっていく。
そう…僕は…
凛子のことが好きだから
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