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「とにかく頼んますよ」
捕手は言った。言う通りに投げろという意味だ。
「ちゃっちゃと打ち取って、早い所終わらせちまいましょう」
こんなゲーム。そう続けたかったに違いない。
こんなゲーム。確かにそうだ。
また袖で汗を拭いながら、鷹見はスタンドに目をやった。
グラウンドに吹く風もすっかり熱を失った10月始めのナイターゲーム。客席には人影もまばらだ。
既にプレーオフ進出のチームも決まり、目的を無くした4位と6位の対決。
個人の賞も絡まない試合を観に来る物好きが多かろうはずもなかった。
しかも負けゲームだ。一塁側の客も席を立ち始め、家路へと向かう。
鷹見は捕手のサインを覗き込んだ。マスク越しの顔が苛ついているのが判る。
こいつも早く帰りたいんだな。
鷹見は思った。
この捕手が球場近くのクラブに夜な夜な通っているのは有名だ。
プロに入り、レギュラーを獲った。年俸も上がった。遊びたい時期だ。
こんなゲームはとっとと終わらせて。
四球目。内角に落とした。
強い打球が一二塁間に飛ぶ。
二塁手は一旦はじいたが、すぐさま拾って一塁に投げた。ダブルプレーは無理だ。
まばらな拍手が起きる中、鷹見はまた汗をかいていた。
言わないことじゃない。
一つ間違えば抜けていた打球だ。ファインプレーに救われたにすぎない。
そしてランナーは二塁、スコアリングポジションに進んだ。
次の打者がウェイティングサークルからゆっくりと足を踏み出した。
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