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辞める機会はいくらでもあった。
そこそこ稼いでいた時期もあった。
さっさと野球に見切りをつけて、事業を始めることだってできたのだ。
少し上手く立ち回れば、解説者やコーチの口もあったかも知れない。
だが、それらすべてに鷹見は背を向け続けた。
真剣に取り組みもしないのに、ダラダラと現役で居続け、抜き差しならないところまで来てしまった。
早めに道を変えていれば、あるいは恵子を失うこともなかったかも知れないのに。
何故?
答えは見つからなかった。
ただ、単純に好きだからとか、仕事だからとかではないことは確かだった。
鷹見は野球を手放せない。野球も鷹見を手放してはくれない。
まるで呪いのように。
五球目。スライダーを真ん中低めに投げた。
ぎりぎりでボールになるコース。
手を出しかけて、寸前で六番は踏みとどまった。
またボールがワンバウンドする。
再び歓声がスタジアムに響いたが、今度は捕手が体を投げ出して押さえた。
2―3。フルカウント。ランナーは三塁。
ベンチから敬遠のサインが出たが、鷹見は無視することに決めていた。
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