5

5/7
前へ
/30ページ
次へ
餌は撒き終わった。 先程ストレートを見せたことで、相手には迷いが生じているはずだ。 最後は十中八九スライダーだと踏んではいるだろうが、ストレートの可能性も頭の隅に置いておかねばならない。 僅かな迷い。 それだけでも、打ち取れる確率は跳ね上がる。 「仕込み」のためにフルカウントになってしまったのは仕方ない。 判っていても打たれない。 鷹見のスライダーがそう評されていたのは随分と昔の話だ。 ――大分冷えてきた。 人影もまばらなスタンドから、しょぼくれた鳴り物による応援が響いてくる。 鷹見はアンダーシャツの袖で額の汗を拭った。 ふと天を仰ぎ、目を閉じる。 ルーティーンにない動作。瞼の奥では、見慣れない映像が再生されていた。 それは鷹見が見ていたはずがない光景だった。 男の子の背中。 六、七歳だろうか。 大きめのグローブを右手に嵌めて、ぎこちないフォームで壁に向ってボールを投げている。
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加