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餌は撒き終わった。
先程ストレートを見せたことで、相手には迷いが生じているはずだ。
最後は十中八九スライダーだと踏んではいるだろうが、ストレートの可能性も頭の隅に置いておかねばならない。
僅かな迷い。
それだけでも、打ち取れる確率は跳ね上がる。
「仕込み」のためにフルカウントになってしまったのは仕方ない。
判っていても打たれない。
鷹見のスライダーがそう評されていたのは随分と昔の話だ。
――大分冷えてきた。
人影もまばらなスタンドから、しょぼくれた鳴り物による応援が響いてくる。
鷹見はアンダーシャツの袖で額の汗を拭った。
ふと天を仰ぎ、目を閉じる。
ルーティーンにない動作。瞼の奥では、見慣れない映像が再生されていた。
それは鷹見が見ていたはずがない光景だった。
男の子の背中。
六、七歳だろうか。
大きめのグローブを右手に嵌めて、ぎこちないフォームで壁に向ってボールを投げている。
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