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汚れた、使い古しの軟球が壁にぶつかり跳ね返る。
手元に戻って来るのを待ちきれずに、男の子はボールを拾いあげると、元の位置に戻ってまた投げる。
男の子は延々とそれを繰り返す。
練習を終えた兄が声をかけるまで、ただただ一心不乱に。ああ、そうか。
鷹見は悟った。
お前だったんだな。
目を開いても、男の子の姿は消えなかった。
捕手のサインを確認する鷹見の視界の隅で、まだボールを投げ続けている。
よう、俺。
その背中に、声を出さずに鷹見は呼び掛けた。
ずっと俺の中にいたわけだ。気付いてやれなくて済まなかったな。
男の子――かつての鷹見は応えない。ただ不器用なピッチングを続けるだけだ。
そう、そうだよな。
鷹見は遠い日を朧気に思い返していた。
あの頃は投げることに夢中だった。
いい球が投げられれば、それだけで良かった。
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