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紙切れ一枚残して、恵子は出て行った。
あとは鷹見の名前を記入すれば、公式に二人の仲を裂くことのできる紙切れ。
去年の夏のことだ。
鷹見が目覚めると、リビングのテーブルの上にそれが置いてあったのだ。
三、四年前までは二人の間に口論が絶えなかった。
この頃になると、それすらなくなっていた。
悪いのは鷹見だ。
それは判っている。
高校の野球部でマネージャーをしていた恵子と結婚して10年。
やりたい放題の夫に、恵子はずっと耐えてきた。
連夜の深酒。何日も家を空けることもザラだった。
そして女遊び。
それでも控え目にたしなめる妻に、鷹見が手を上げることも一再ではなかった。
恵子が出て行く前の晩のことを、鷹見は思い出す。
「もう無理なの」
と妻は言った。
泣くでもなく、怒るでもなく、鷹見が見たことも無いような、冷静な顔で。
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