7月中旬

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東京あきる野市の、ある中学校で40名弱の少年少女が初夏の厳しい日差しの中、懸命に走っている。 ボタボタ・・・・ 額を流れていた汗が大粒の玉となって落ちていった。 眞柴想一は思わず顔を拭おうとし、現状では不可能なことを理解して不快なのを我慢して走り続けることにした。 しかしその一瞬意識したせいで、わずかばかり走るペースが落ちてしまった。 「ぐぉーら!眞柴!!ペース落とすんじゃねぇー走れ走れ!run!run!run!!」 「くっ...」 校庭に描かれたトラックの横で坂田紀子教官が鬼の形相で怒鳴りちらしている。 昔見た古い映画のようだ。 その映画は米海兵隊に入隊したところから始まり、ベトナム戦争へ出兵するという内容だった。 その訓練期間中に怒鳴りちらす鬼軍曹と姿が重なってしまったのである。もっとも、その軍曹は恨みをかって1人の訓練生に殺されてしまうのだが。 そんな回想も両手に抱える物が嫌でも現実に引き戻す。眞柴想一は今すぐにでもそれを投げ捨てたい衝動に駆られた。 彼が抱えているのは89式小銃。もちろん本物だ。ただ弾は込められていない。銃の管理は厳しいのだ。89式小銃は自衛隊が1989年に採用したアサルトライフルであり、採用から37年経つも現役の傑作銃である。 重量は3.5kgと欧米の物と比べると軽量な部類なのだが、かれこれ1時間走っている彼には既に忌々しい存在でしかない。 「くっそ....ノリピーめ・・・・」 教官の怒声にペースを上げたせいか、彼は既にゼイゼイと肩で息をし、汗の量も増え始めてきている。このときばかりは悪態をつかずにはいられなかった。 見ると、すでに数名のクラスメイトがリタイアしたらしく地面にみっともなく突っ伏して土まみれになり教官から怒声を食らっている。 「こっちもきついんだってーの!」 声が外に出てしまったが、無駄に広い校庭の反対側では聞こえるはずもなかった。 古来より戦士を育成するにあたり一番目は走ることである。 古代ギリシアのスパルタしかりである。それは二千年以上経た今も変わることはない。
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