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◆
「貴様は──なんなんだ」
ぎりぎりで、間に合った。
黒衣の騎士の剣は、彼の獲物に届く寸前でしっかり固定されて、もはや1ミリも動く気配がない。
動かせないのだ。彼自身にも。
騎士の秀麗な面差しに浮かぶ感情が、驚愕から戸惑い、そして苛立ちへと変わるのが手に取るようにわかった。
「ここまでに、してくれないか」
だから俺はあくまで冷静を装って、声を作る。内心を彼に悟らせるわけにはいかない、気づかれるわけにはいかない。
得体の知れない闖入者(俺のことだ)によって必殺の一撃を止められた彼の驚きを、最大限利用するために。
背後に庇ったこいつを逃がしきるために。
無謀だとわかっている。
眼前の存在が、何者かを俺はもう理解している。
対峙する愚かさも。
目の前にいるのは当代一の実力者と、誉も高き青の総帥。
俺が背後に庇うのは、数日前に知り合ったただの知人のひとりに過ぎない。
それでも──身体は、動いてしまったあとだった。
こころが、見捨てるなと俺に言うのだ。
ちくしょう。
いまさら、あとなんかに引けるか。
「引いてくれ。……頼む。こいつはまだ、なにも知らないんだ」
まっすぐ、彼を見つめる。
すっぽり顔の半分を覆う無骨なゴーグルごしの視線など、彼に届くことなどはないとわかってはいたけれど。
ただ俺の懇願に、彼の口元が吊り上がる。炯々と戦意に燃える眼差しが、あれは自分の獲物だと言外に強く主張していた。
やっぱ、逆効果だったか。
ここで引いてくれたら、と一縷の望みをかけてたんだがなぁ。くそ。
馬に蹴られて死んじまえ、とよく知る声が脳内で再生された。黙れ腐男子。王道展開なんざくそくらえ。
ここで引いてくれよ、頼むから。
「……嫌だと言ったら?」
ああ、やっぱりそう言いますよねわかってた!野暮で済まんね、でも引けねぇわ。
内心の声が聞こえたわけでもあるまいに、黒衣の騎士の形のいい眉がぴくりと跳ねた。
強い敵意が、いまは俺に向かっている。びりびりと、肌で感じ取れそうなほどの強さで。
「──貴様が、引け」
ごめん、それ無理。なんつって☆
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