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なんだか俺はバカバカしくなって、遊馬から視線を逸らした。
そのまま、なんとなしに周囲を見遣る。
誰も居ない、よな?
つい、そんなふうに思う。
実はそこらへんの物影にひとの悪い誰かが隠れてて、真に受けた俺に向かって今か今かと『ドッキリでした!』と書かれたプラカード片手に現れるタイミングを見計らってるんじゃなかろうか。
そんな被害妄想じみた考えのほうが、まだ現実味がある気がした。
けれど昼休みの屋上には俺と遊馬しかおらず、殺風景なその場所には誰かが隠れるスペースもない。
ただ、6月の強い日差しを反射したモルタルの壁だけが、やけに作り物じみて見えた。
……たかがゲームで得た知識や経験が、現実の自分にも反映される?
しかも運動能力までだって?
何度でも断言する。
そんなことは有り得ない。
所詮、バーチャルはバーチャルだ。どんなにリアルとの境界が曖昧になってもそれは変わらない。
夢の中でどんなに運動したり勉強したりしたとしても、それが現実の成績に反映されることなどないように。
「信じられない?」
「そりゃ、そうだろ……」
荒唐無稽にも程がある。
昔、アナザーゲートシステムが普及したてのころ、似たようなデマが流布したことがあった、らしい。
もっと酷い噂も、いくつも。
でも、そんなものはすぐひとの記憶から消え去った。
バーチャルネットにはそんな魔法じみた、いやチートじみた効果はない。あってたまるか。
確かにゲートシステムは視神経や大脳皮質の一部にある種の電気信号を用いるが、それが何らかの後遺症を使用者に残した、なんて話は近年、聞いたこともないぞ。
いまどきバーチャルネットの安全性は小学生でも理解している。……理論上、有り得るはずがないのだ。
──そんなことは、絶対に。
「ああ、最初はみんな思ったさ。そんなまさか、ってな。反映されたって言い張ってるやつのデータも見たことあるけど、微妙なもんだったし」
けれど、その微々たる『モノ』を必要とする局面は少なからず存在する。
例えばある種のスポーツはほんの数センチ、あるいはコンマ何秒がその明暗を分けるのだ。
それが学力とて同じことだ。
ほんの一問、あるいはたった一点の不出来がいずれ将来を大きく左右するかもしれない……。
そのときから、葵陵学園の生徒たちにとってhollyhock・hillはゲームであってゲームではなくなったのだ。
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