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ぴくり、と形のいい薄い唇が引き攣った。あれ口に出してたっけ?
「貴様……っこの俺様を、舐めてるのか?」
ご冗談を。野郎をペロペロする趣味なんざ俺にはまったくございません。頼まれてもノーセンキュー。
あなたの親衛隊なら大喜びかもしれませんがね。誰も彼もがホモだと思わないでくださいませんかいや本当に。
「黙れ」
イエス・サー。
さっきから俺は黙ってます。
うわ、なのにどうして敵意が殺意にランクアップ!?お怒りですねわかります。
先程、俺が不可視の力で彼の長刀を止めたことさえ、いまはなんの効力もないだろう。
そうだ、このひとがもっとも得意とするのは長刀ではなく──。
「殺す」
もはやすっかり頭に血が上りきってる彼が、その懐から取り出したのは赤い呪符だった。
即座に展開する複雑な魔法陣は対竜呪文。…………うそだろ、おい。
レベル二桁いったばかりの初心者相手にあんた何する気だよ!?
ええ、ビビりましたよ俺。それが何か!?
どうする、と俺の怖じた気配を看過した彼の唇が不敵に笑う。好戦的な気配をそのままに、圧倒的な強者の余裕をあからさまに。
……命乞いでもしろってか?
ああ、わかってる。ここでそんなもの喰らったら、俺なんか一瞬でHPゼロさ。このゲームにおいてプレーヤー死亡のペナルティはわりとシビアだ。少なくとも今日インして得たコインと経験値は全部没収、復活のために大幅なパラメータダウンも避けられない。
……いま、俺が背後に庇ってるのは友達ですらない知人ひとり。知り合ってからこっち、迷惑をかけられた覚えはあれ、恩も義理もありゃしねぇ。
リアルでもバーチャルネットでもな。ああ、助けることのメリットなんざひとっかけらもあるもんか。
こいつを差し出せば、見逃してやろうと眼前の騎士様は言う。実際、そうしてくれるだろう。それは決して慈悲ゆえではない。関心がないからだ。
彼が執着してるのは、俺の後ろのやつだけだから。
すぐにでも、その魔法陣は発動可能だと見て取れる。
高レベルの竜さえ焼き尽くす、火炎系最強の術が──こちらに向かって。
答えなら出てるだろ、なぁ俺?
どうする、って?
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