序・フラグはここに成立した

3/4
前へ
/78ページ
次へ
ぴくり、と形のいい薄い唇が引き攣った。あれ口に出してたっけ? 「貴様……っこの俺様を、舐めてるのか?」 ご冗談を。野郎をペロペロする趣味なんざ俺にはまったくございません。頼まれてもノーセンキュー。 あなたの親衛隊なら大喜びかもしれませんがね。誰も彼もがホモだと思わないでくださいませんかいや本当に。 「黙れ」 イエス・サー。 さっきから俺は黙ってます。 うわ、なのにどうして敵意が殺意にランクアップ!?お怒りですねわかります。 先程、俺が不可視の力で彼の長刀を止めたことさえ、いまはなんの効力もないだろう。 そうだ、このひとがもっとも得意とするのは長刀ではなく──。 「殺す」 もはやすっかり頭に血が上りきってる彼が、その懐から取り出したのは赤い呪符だった。 即座に展開する複雑な魔法陣は対竜呪文。…………うそだろ、おい。 レベル二桁いったばかりの初心者相手にあんた何する気だよ!? ええ、ビビりましたよ俺。それが何か!? どうする、と俺の怖じた気配を看過した彼の唇が不敵に笑う。好戦的な気配をそのままに、圧倒的な強者の余裕をあからさまに。 ……命乞いでもしろってか? ああ、わかってる。ここでそんなもの喰らったら、俺なんか一瞬でHPゼロさ。このゲームにおいてプレーヤー死亡のペナルティはわりとシビアだ。少なくとも今日インして得たコインと経験値は全部没収、復活のために大幅なパラメータダウンも避けられない。 ……いま、俺が背後に庇ってるのは友達ですらない知人ひとり。知り合ってからこっち、迷惑をかけられた覚えはあれ、恩も義理もありゃしねぇ。 リアルでもバーチャルネットでもな。ああ、助けることのメリットなんざひとっかけらもあるもんか。 こいつを差し出せば、見逃してやろうと眼前の騎士様は言う。実際、そうしてくれるだろう。それは決して慈悲ゆえではない。関心がないからだ。 彼が執着してるのは、俺の後ろのやつだけだから。 すぐにでも、その魔法陣は発動可能だと見て取れる。 高レベルの竜さえ焼き尽くす、火炎系最強の術が──こちらに向かって。 答えなら出てるだろ、なぁ俺? どうする、って?
/78ページ

最初のコメントを投稿しよう!

110人が本棚に入れています
本棚に追加