904人が本棚に入れています
本棚に追加
/911ページ
こんなに静かに物を言う人を、私は知らない。
佐伯さんと初めて出逢ったのは、土砂降りの日だった。
高校生活が始まって1ヶ月。友人も作らず、毎日独りで帰った。
そんなときに大雨に降られて、雨宿りのつもりで、この店の戸口に立っていた。
心の中もきっと土砂降りだったと思う。
しばらく空を睨んでいた。
突然、後方からカランカランと音がしてはっと振り返った。
と同時に、温かい空気とコーヒーの香りが一気に漂ってきた。
白髪交じりの中年男性が、雨の様子を見に来たようだった。
空を見て、私を見た。
眼鏡の奥の目は、微笑んでいた。
「コーヒーを、奢ろうか」
静かな、とても静かな、穏やかな声だった。
油断していると涙がでてきてしまうんじゃないかと思うほど。
最初のコメントを投稿しよう!