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「待って」
綜壁愛珂が、恋人である岡崎昇のもとへ走った。
早朝の日差しが明るく、風が冷たい。
今日も、愛珂は昇と一緒に学校へ向かう。
1台の白いワゴンは、昇が歩く先にある横断歩道を通ろうとしていた。
愛珂が昇に追いついた。
しかし突然、愛珂から逃げるように昇は横断歩道へ走り込んだ。
白いワゴンはスピードを上げたまま迫ってくる。
昇は横断歩道の白い線に足を踏み入れた。
白いワゴンは耳をつんざく様な高い音を立てて止まろうとした
昇は、白いワゴンの前で突然足を止め、ワゴンの方に振り向いた。
衝突した。
ブレーキはかかっていたが間に合わず、猛スピードのまま昇にぶつかった。
体は宙に浮き、仰向けになって地面に落ちた。
黒いアスファルトは昇の体の周りだけ次第に赤くなっていった。
追いついてきた愛珂は、その一部始終をただ、ただ見つめるだけだった。
「まさか、そんな…」
「本当です! 私が来たら、昇が急に走り出して…」
「何か驚かすような事をしたんじゃないの!?」
「違います! そんなこと…何もしてないのに」
病院の霊安室。もう、昇が二度と目を開けないことを、愛珂はこの霊安室に連れて行かれた事で理解した。
薄暗い部屋の中で、粗末な四角い台の上に昇が乗せられていた。白い布が体を覆い、顔に被せられていた小さな白い布は、昇の父親によって取り去られている。
昇は無表情で目を閉じていた。最初は今にも起き上がりそうな、ただ寝ているだけにしか見えなかったが、顔が異常な白さをしている事で、昇がまた目を開けてくれるという、微かな望みは完全に断たれたのだと気付いた。事故当時に、頭に怪我をして血を流していたはずだったが、なぜか今はその傷跡が確認できない。
昇の母親と愛珂は、互いに啜り泣きながら口論を繰り返していた。
父親の方は黙り込み、何も言おうとしない。
「とにかくもう…。私たちには、今後一切関わらないで。葬式に来る必要も無いから。いえ、もう、来ないでちょうだい」
「そんな…」愛珂は一層ひどく泣きじゃくった。「私、何もしてないのに…」
「いいえ! やっぱりあなたが原因なのよ。あなたがうちの昇に近づいたのが駄目だったんだわ」
「そんな…」
「もうやめて! 言い訳なんて聞きたくないわ!」
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