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「やめなさい!」二人の声を一瞬で静めた昇の父親の怒鳴り声は、昇の方を向いたままでいながら、迫力があり、そいてどこか震えがかかっているように、愛珂には聞こえた。
「昇は、死ぬ事なんて望んでない。まして、こうして激しく醜い、二人の口論なんて望んでるはずがないだろう」
「それはそうだけど、でも…」
「せめて、こうして、昇の前でだけでも静かにしてやるのは駄目なのか?」
二人とも黙り込んだままだ。父親は、体ごと愛珂の方を向いた。
「愛珂ちゃん」
愛珂は俯いていた顔を、ゆっくりと上げた。
「君のせいじゃないことは、よくわかってるよ。…葬式においで。恋人なら、昇を最後まで見届けてやってくれないか」涙を流していない代わりに、低い声が時折裏返りそうになるまでに、声の震えがひどくなっていた。
「わかりました」愛珂も涙こそ止まったが、声はまだ震えが止まらない。
「ちょっと! この子を葬式に参列させるっていうの?」
「母さん。恋人なら、昇に最後まで付き添っていて欲しいんだよ。そうすれば、昇の孤独感も、いくらか軽くなると思うんだがね」
母親は、もう愛珂の方を見る事はなく、昇のもとに寄り添って、ただ泣き続けるばかりだった。
愛珂は、どうしたらいいのかわからなくなっていた。母親の言う事を聞くべきなのか、父親の言う事を聞くべきか。そしてどちらも昇のためになるのか、ならないのか。葛藤と混乱が、愛珂の頭の中を支配していた。
そして、ただ泣くことしか出来なかった。
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