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木魚と僧のお経が重なって、ただならぬ思い空気を醸し出していた。
昇の親族がすすり泣く声に一同が賛同するように、ほぼ全員が式場で泣いていた。
ただ一人、昇にとっての最愛の人、綾壁愛珂を除いては。
「あんた、何一人で突っ立ってんだい。昇ちゃんの恋人なんだろう? 通夜にも来なかったのに、今更なんだい。恋人のくせによく泣かないもんだね、全く」
昇の祖母らしい。
泣いている上に、独特の滑舌の悪さが相成って、祖母の声は聞き取りにくい。最初から顔を見ても一目瞭然、祖母の目には涙しか溜まっておらず、悲しみばかりで顔がしわくちゃになっている。
祖母は愛珂の肩を軽く突くが、当の愛珂は全く応答しない。
祖母への視線を再び昇に切り替えたまま、数分たりとも、動く様子がない。ただ昇の方ばかり見つめている。
愛珂のこの態度を、一体、祖母はどんな風に捉えたのだろうか。
多分良い方には捉えていない。祖母には、この無表情の無反応さは、愛すべき恋人の気持ちとしては、少しおかしいように感じたのかもしれない。
祖母の呻き声が、後ろから聞こえてくる。
「あんたのせいで、うちの昇は死んだんじゃない! あんたさえいなければ!」
祖母がヒステリーに陥った。愛珂に今にも飛び掛かりそうになる。周りはそれを止めようと必至になる。
だが、祖母を止める方も、憎しみの塊を見るような目をして愛珂を見つめていた。
だが、それでも愛珂は何も言わない。
いや、正確には、言えないのだ。未だに、昇を死なせたことに対する罪悪感が残ったままなのだから。
再び、祖母から昇の方へ視線を一点に集中させる。
「何さっきからぶつぶつ言ってんのさ」
考えて見れば、もう7日しかない。余計なタイムロスを防ぐためにも、無駄な質問には、もう答えない方がいいと確信した。
「おばあさん」
驚く様に愛珂を見た。しわくちゃな表情のまま、目だけを丸く開けている。
「あんたに『おばあさん』なんて呼ばれたくないよ」
「あたし、昇を絶対に見つけてきます」
はあ、と祖母は聞き返した。
別におかしくはない。手紙の事を知らない人としては、当然の反応だ。
「何言ってんだい。昇ちゃんは死んでるじゃないのさ。あ、でもね、あんたは死んじゃいけないんだよ」
やはり事の次第がまだよくわからないらしい。
「死にません。生きたまま、昇を見つけてきます」
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