四月二十九日金曜日(昭和の日)

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 なんだあいつ。  僕だけど。  見境が差し出してくれたあの酔い止めを飲んでいれば、という後悔もそこそこに。途中何度か蔑むような憐れむような目を向けられながらもトイレに辿り着いた僕は、入り口から一番近い個室に倒れ込むように入った。  便器を正面に見据えた途端、喉の箍が緩み盛大に嘔吐してしまう。  胃が縮み、胸の辺りから身体が裏返るような感覚。それが吐き気を助長して、一波二波と間を空けずにやってくる。  収まったかと思えば次、思えば次。何も出来ずに苦しむばかりである。  そうして存分に吐き戻し、ようやくいくらか落ち着いたという頃には、夕食と一緒に体力も残らず吐き出したらしく立ち上がるのも億劫になっていた。  ひんやりとした便器に頭をもたせ掛け、呼吸を整える。 「無事に帰ることが出来たら……家のトイレをピカピカにしてやろう」  ぼうっとした頭でそう決意。  酔っ払った人が便器に顔を突っ込んで寝ていた、みたいなエピソードを馬鹿にして笑っていた僕も居たけれど。今はただ彼女の冷たい体に身を預けた。  便器の性別なんて、知らないけれど。  その後も何度か揺れる度に込み上げる吐き気と戦い、ただひたすらに体力が戻るのを待った。  我慢出来ないほどの吐き気が来なかったのは、もうとっくに胃が空になっているからだ。  みっともない限りだが、タイル床にぺたりと着いた膝が全く剥がれそうにない。  回復の見込みが立たず途方に暮れていたそんな時である。  いつの間にか居た他の利用者からの無遠慮なノックが僕に届いた。
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