四月二十九日金曜日(昭和の日)

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 そんな風にじろじろと見続ける僕のことなど全く意に介さず、男は立ち上がる。 「立てるなら一回トイレから出ようぜ。こんな所にいたら気分も晴れないだろ?」 「…………」 「おい、聞こえてるか? 本当に医者呼んでこようか?」 「あ、いえ。大丈夫です」  強がりで立ち上がろうとしても、やはりちゃんとした足取りにはならない。  壁づたいに歩くけれど、トイレから出ていくのには時間が掛かりそうだったのだが―――― 「ほら、口ゆすいで顔洗おうぜ」  ハムスターが走る腕が腋の下に差し込まれ、しっかりと支えられる。  何も言わず、こうして他人を助けられる人が居るとは……。  格好良い。  僕にしては珍しく素直に「ありがとうございます」と感謝を示して、歩みを進めていく。  決して急かすでなく、僕のスピードに合わせてくれるというのが嬉しい。  手洗い場につくと彼はそっと手を離して僕の後ろに回った。  何かあればまた支えてやろう、という優しさと、あまり近くにいると動きにくかろう、という気配りが顕れた距離を取って。  奇抜な格好をしている人にろくな人間はいないと思っていたけれど、これはどうやら認識を改める必要があるようだ。
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