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「っは?!」
わたしの世界にはなかった音。聞いたことも無い、声。
体全身がバネになったかのように、わたしはピョインと起き上がる。肩より少し伸ばした黒髪に、これでもか、先程の恨みを知れと絡み付いてくる白詰草も気にせずに、わたしは辺りをきょろきょろと見渡した。
――いた!
桜の木の上に、ソイツはいた。
まるで絵の中から出て来たみたいに、綺麗な顔。腰まである長い銀色の髪をまとめもせずにサラサラと風に流し、真っ白な長羽織り、白い袴、白い刀――全部が、季節外れの雪のように真っ白だった。
わたしはただただ、これは現実なのだろうかと頬を思い切りひねりながらソイツを見上げていた。多分、自分でも阿呆ではなかろうかと思ってしまうくらい間の抜けた顔をしていることであろう。
ソイツは真っ白な扇子を優雅に口元へ添えて、二階ほどもあろうかという高さから躊躇無くひょいと飛び降りた。
「――っちょっと!」
こんな場所で身投げとか、勘弁してよ!
ほとんど脊椎反射のような反応速度で、わたしはソイツに向かって手を伸ばした。
だが、それが見事な杞憂であったということを、三秒後に知ることとなる。
白い男は空気と友達かのようにゆっくりと下りてきた。わらじでしっかりと石畳を踏みしめると、肩に乗せていただけの長羽織りがフワリとスカートのように広がる。
わたしはというと、見事なスライディングを決めて頭から彼の足元に突っ伏すこととなった。べちゃっ、という擬音が相応しいみっともなさである。
「……鼻打ったぁあ……」
スッと通った鼻筋が唯一の自慢ポイントだったのに、低くなったらどうしてくれる!
明後日の方向に飛んでいく恨み言を抱えながら、お鼻をさすさす撫でるわたしの頭に、ぺちん、と扇子で軽くはたいてくる男。
「いたっ! ちょっと、何するのよ!」
「お前こそ何をしている、こんなところで。草が可哀想だと思わんのか」
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