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「わたしが……あなたを?」
どういうことだ。何を言っているんだ、この綺麗な女性みたいな男は。
ざああ、と桜が揺れる。
――ああ、ほら、やっぱり。
男の銀髪に見え隠れするのは、あれは絶対に角だ。親指ほどの大きさの、よく見なければ髪に埋もれて見えないそれは間違いなく、頭から生えているようにわたしには見えた。
角のある、男。――鬼?
まさか。そんな。今ここは現代で、現実で、よく子供の頃遊んだだけの神社じゃないか。
先程つねった頬がジンジンと微かに痛んで、これが夢ではないことを告げる。
じゃあ、本当に、ホントウに、あなたは――
「……鬼、なの……?」
「ほう」
男の涼しげな切れ長の目が、面白そうに細められる。
「如何にも。おれを鬼と呼ぶのなら、そうなのだろう。おれという存在は」
つまり、鬼っていうことでいい……んだろうか。さすが鬼、言い方も遠回しでこれが雅ってものなのだわ。
わたしは俄然、しおれかかっていた心が騒ぎ出すのを止められなかった。
――ああ、だって我慢しろという方が無理よ! こんな面白そうな美味しいネタ、忘れるなんてできない!
わたしはポケットをまさぐった。常に三百六十五日携帯している小さなメモ帳は、しかし今日に限ってわたしのポケットの中に居てくれなかった。そりゃそうだ、わたしがさっき部屋を出る時、苛立ちに任せて壁に投げつけたではないか。
代わりに、雑誌の一ページがひょいと顔を出す。
二色刷りで味気なくも思えるほどあっさり書かれたそのページを目に入れた瞬間、わたしは激しく後悔した。これでもかというほどその紙きれをもみくちゃにし、丸め、潰し、地面に叩き付けて、めちゃくちゃに踏みつけた。
その一連の奇怪的とも思えるわたしの行動を、鬼は静かな眼差しで見守ってくれていた。
『第三十回 新人小説家発掘! キミも憧れの小説家になろう!』
――第一次当選者発表日、六月二十九日。
つまり、今日。
たくさんの名前が踊る当選者の欄に、わたしの名前も、わたしの作品も、載っていてはくれなかった。
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