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敦司
「あ、あの、すいません!貴族の方の前で演奏するのは初めてで…知っている人が居てくれたら緊張しないでちゃんと演奏が出来ると思って……勝手にすいません!」
貴族
「ははは!構わんよ!まだ若いのだから緊張するのも無理はない!私としても最高の演奏をしてもらいたいしな!」
頭を深く下げた敦司の肩を貴族の男はポンポンと叩く。貴族にしては中々に気のいい男だ。
敦司も相手があまり威圧感のある相手でないことに安心した顔をすると、静かに琴の前に座りその調子を確かめるように手で撫でた。
敦司
「えっと、それではお嬢様。拙い腕ながら弾かせて頂こうと思いますが…どんな曲がいいでしょう?明るい曲や落ち着いた曲などイメージで構いませんので」
お嬢様
「では…静かな冬を感じさせるようなそんな曲を」
敦司
「かしこまりました」
貴族達に椅子に座るよう促され大人しく座る。琴を前にした敦司の顔は真剣そのもので、普段とは全く違う…威厳すら感じさせる姿だった。
敦司は指に琴を弾く爪を取り付け弦に触れて一度深呼吸をする。
そして次の瞬間には、息が止まった。
いや、息をすることを忘れた。
まだ弾き始めだというのに、そのあまりに澄んだ音色はあっという間に人の心を奪ってしまう程美しい。
琴が一級品であるということもあるが、それを抜いても敦司の琴の腕前は師範代などでは済まない程だ。
貴族と令嬢もポカンと口を開けた間抜け面を晒して呆けている。クロドですら敦司の姿に目を奪われていた。
……これがあらゆる芸を極め、人に夢を見せる一族。
改めてその力を目の当たりにしたのだが恐怖はない。この音色の中ではそんな感情すら忘れてしまう。
演奏が進むにつれて次第にその世界に呑み込まれていき、目を閉じれば目蓋の裏に美しい雪景色すら見えてくる。
美しくも悲しみはない、静かな冬の旋律。
…いつか今度は私のために何か弾いてほしいものだと思いながらその音を耳の奥に刻み込んだ。
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