5人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
次の日。
振られたという話でもちきりだと思っていたが,誰もその話題について話している人はいなかった。それは彼なりの優しさ故の行為だろう。しかし唯一知っている亜美にさえ,何も聞かれなかった。彼女なら,からかって聞いてきそうな性格なのに。
塾で何の変哲もない生活を終え,私は家路についた。
部屋に荷物を置くと机の上に,彼のタオルが置いてあった。昨日洗ったから今日のうちに返しに行こう。
私はそのままタオルを持って家を出た。雨雲がかかっており,雨が降りそうな天気だったが,すぐに帰るだろうと思い,傘は持っていかなかった。
私の家から彼の家まで歩いて10分ほどだった。彼の家の前まで来て,彼の部屋のある2階を見上げた。
すると,あの部屋には仲良さげな2人の姿があった。拓也と,もう1人は…
亜美
の姿があった。しばらく唖然としてその場から動けずにいると,やがて2人は顔を寄せあい,キスをした。
「う…そ…」
私はその場から逃げるように背を向けて走った。
すると,追い打ちをかけるように雨が降りだした。私は走るのをやめて,のたのたと歩きだした。
ドンッ。
「あ!ごめん!大丈夫?」
「いえ,こちらこそごめんなさい。」
誰かとぶつかり,素直に謝った私は歩きだそうとした。そのとき,突然腕を捕まれた。
「裕子?お前…ずぶ濡れじゃないか!ほら,傘に入れよ。」
「あ…悠。ありがと。」
彼は幼なじみの篠崎悠<しのざきゆう>。幼稚園からの付き合いだが中学でクラスが違い話すこともほとんどなかった。久しぶりの再会に,なぜか安心して涙が溢れた。
「とりあえず,うちの方が近いし寄っていけよ。」
「う…ん」
私は彼の家に寄ることにした。今は優しさが恋しくて,彼にその優しさを求めた。
最初のコメントを投稿しよう!