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『現実的過ぎて現実味を失った者について』
「ねぇ、私ね、本当は、綺麗な物ってあまり好きじゃないの」
背景に舞う桜の花びらと同化しそうな唇を動かして、彼女は言う。
前は綺麗な物が好きだと言ったからここを選んだのに、どうやら嘘だったらしい。
何故そんな嘘を吐いたのか。
そんな事より、見抜けなかったという自らの不甲斐なさに腹が立って、しかし彼女から目を離す事も出来ず、その歯痒さに言葉を失った。
「綺麗な物を見ると、自分の醜さを思い知らされるみたいで、そんな事を考えてしまう自分が嫌で、また自分が醜くなって……そんな連鎖に捕われて、自分を見失ってしまいそうになるから」
彼女は、青空と桜の木を反射して輝く湖を見つめて、その瞳を閉ざした。
「何も言わないんだね」
言わないんじゃない。言えないんだ。そんな簡単な事も言えず、笑って誤魔化す。
「優しいね、君は」
そんな事はない。って、そんな事さえも、言えない。
「もし、君がよかったら、私が私を見失わないように、私の事を、抱きしめて欲しいの」
そう言って、彼女は――
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