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「――母さんもしつこいなぁ!」
さっきまで感傷に浸っていたオレはどこへやら。
数分おきに鳴っていた携帯の着信音が、ペダルを漕ぐ足を急かす。
今は颯爽と風をきりながら、わが家へ。
どんどんスピードが乗ってゆく自転車。景色はスライドショーのように目まぐるしく変化して、まるで世界を置いてきぼりにしたような感覚になる。
そして、トップスピードに達した瞬間、学生服のポケットの中で――“ソレ”は振動した。
同時に鳴り響いたのは、ベートーベン作交響曲第五、『運命』。
お馴染みの荘厳な音色がさらにオレを焦らせる。
電話帳のなかで、こんなものものしい着信音に設定しているのは、一人しかいなかった。
少しだけスピードをゆるめ、片手で素早くソレをとりだして開く。薄汚れたディスプレイには予想通りの人物名。
――『母』
その一文字。たった一文字が背筋に悪寒を走らせた。
相も変わらず、先ほどから震えている携帯が、はやく出ろと訴える。
何を言われるのかなど、予想に容易い。
キレた母は、かなりやっかいなのだ。電話に出れば、やかましい小言が待っていることは間違いない。
となると、通話ボタンを押すのを躊躇ってしまう。
しかし、こうして迷っている間にも、液晶の先にいる人物はその怒りを増幅させていることだろう。
ならば、現状は悪くなってゆくばかり。
もう逃げ場は無かった。
――ええいっ! なるようになってしまえ!
一際大きくなった蝉達の鳴き声を背に、思いっきり通話ボタンを――押した。
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