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「もしもしー……?」
おそるおそる声を出して機嫌を伺ってみるが、待つこと数秒、返事はなし。
不気味な静寂が耳を撫で、嵐の前触れのような緊張感が携帯を握る手を湿らせる。
きっと、鬼のような形相をしているであろう母さんの、強かな怒気が無音を伝う。
もう、己の心音しか聞こえなかった。
ドクン、と心臓がはち切れそうに高鳴り、ついにその時が来た――
『――秋夜っ!!! 一体どこで油を売っているの! 母さんが一生懸命作ったお昼ごはんがすっかり冷めちゃったでしょ!?』
耳をつんざく金切り声。鼓膜は揺れに揺れて、今にもやぶれてしまいそう。
毎回思うが、女性とは一体全体どこから声を出しているのだろうか?
いつもはおしとやかにしているというのに、いざとなったら男もたじろぐこの剣幕。
世界中の女性が、こんな二面性を持っているとは信じたくもない……。
そんなことを考えていると、間髪入れずに第二波が。
『ねぇ、聞いてるの!? ナッちゃんもお兄ちゃんが帰ってくるのを待つって言って、お昼食べてないんだからね!? はやく帰ってきなさい!』
しまった、これは予想外。どうやら妹まで待たせてしまっていたらしい。
なんたるイレギュラー。これは非常に由々しき事態だ。後で何を言われたものか、わかったもんじゃない。
どうやら、甘いもの買って帰らなければならないようだ。
財布の中にいくら入っていたかを思い出しながら、手短に返事をして足に力を入れる。
「今すぐ帰るから! ナツにはよろしく言っといて!」
『あっ、コラ! まだ話は終わってないわよ!?』
「ゴメン母さん! 続きは家に帰ってから聞くから!」
『待ちなさっ――』
声はフェードアウト。携帯を強引に閉じて、紺色のズボンのポケットへ。うん、家に帰ったら地獄だな。
母さんからは説教のフルコース。
妹からは暫くはこれをネタに脅されるだろう。
脳裏を過るのは、悪い予感ばかり。
「ああー……やっちまったわー……」
青息吐息。思わず嘆息がこぼれる。なんにせよ、早く帰らなければ。
ここから家まで、コンビニに寄ることを含めたら、大体十数分といったところ。
それまでに母さんの怒りが爆発しなければいいけど。
そう願いながら、曲がり角で右にハンドルをきったその時だった。
――オレの視界へ、それは唐突に飛び込んできた。
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