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突然、男は地面を踏みつけた。乱れた真紅の髪と抉れた土が、男の心境を物語っている。わなわなと小刻みに震える背中は、泣いているようにも見えた。
両眼(まなこ)は見開かれ、充血している。紅玉(ルビー)をあしらったような緋色の瞳には、一つの感情が宿っていた。
燃え盛るような――憤怒。
男の双眸に灯った感情は、怒り。火焔のような輝きを放つ眼光が、虚空を一閃する。それはまるで、獲物を狩る獣のようだった。
女はそれを横目に見ながら、物憂げな表情を浮かべるだけだ。
その態度が気に食わないのか、男は女を睨みつけ、さらに拳を握った。
相当な力が入った手のひらには、爪が食い込んでいる。真っ赤な血が指を伝い、男の足下にいくつかの赤黒いシミを作っていく。
女は、その刃のような視線を意に介さない。呆れたような微少を浮かべ、昂った男を諭すように言った。
「何をそんなに怒ってるのよ。大事な幼馴染みの夢が叶ったんだから、喜んでくれても良いじゃない」
悲しそうに、けれど嬉しそうにも見える笑み。その眼差しは、稚児をあやす母親のように優しい。
そんな女の姿に、違う想いがあることを男は理解していた。
――貴方が悪いんじゃない。
男には、女がそう言っているようにさえ見えていた。
気丈なフリをし、こんな時まで相手の気持ちを察する女の姿は男を落ち着かせるには充分であった。
幼少から時を共にしてきた二人の間には、言葉は要らない。語らずとも、互いの感情が手にとるようにわかるのだ。
女も、男がそうまでして自分の運命を嘆いてくれることを分かっていたし、それを嬉しいとも感じていた。
「……すまない」
絞り出すように、ゆっくりと男は呟いた。
「何の話?」
小首を傾げ、女は嘯く。無理な笑顔はどこか諦めたようで、どこか泣いているように歪んでいた。
最後まで気遣われ、謝罪すら誤魔化されてしまえば、男は沈黙を選択せざるを得ない。その精悍な顔立ちには、自責の念が貼り付いていた。
沈黙が、辺りを飲み込む。
無言の合間を縫うように、一陣の風が吹き抜けた。大地を這うようなそれは、少しの砂煙を巻き上げながら両者の衣服を撫でる。
黒と白、相反する両者のローブが踊る。
その様は、酷く対照的だった。
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