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男が纏う純白は、照りつける日差しを反射し、輝くように靡いた。これで、男が白馬にでも乗っていたならば、さぞかし映えただろう。
それとは打って変わり、女が纏った漆黒のローブは、不気味な様相を呈している。
――まるで、影。
延びるような流線を描きながらはためいたそれは、見た者に恐怖や不安といった負の感情を芽生えさせるほど、黒く、暗い色をしていた。
「皮肉なものねー……」
女は金色(こんじき)の髪をかき上げて、言う。そして、天を仰いで微笑んだ。儚く、今にも崩れそうな笑み。自嘲的に聞こえる渇いた声は、静寂へと溶け込む。
「何が……だ?」
男は恐る恐る、問うた。女に責められることを恐れ、瞳は怯えたように震えている。
だが、女の口から吐き出されたのは、男の予想とはかけ離れたものだった。
「――こんなに、嫌いな世界だったのに」
――女の頬を、涙が伝った。
「こんなに嫌いな世界だったのに、オルカの顔も見飽きたはずのなのに、もう見れないと思うとこんなに寂しいなんて、皮肉すぎるわよね……?」
堰を切ったように流れ始めた涙は、とめどなく溢れ、頬を滴り落ちていく。
「クシャナッ――」
「何も言わないで……!」
オルカと呼ばれた男の言葉を途中で遮り、女は続ける。
「今、何か言われたら、決意が揺らいじゃいそうだから。だから何も言わないで?」
すがるような声音。嗚咽混じりの声は、自分に言い聞かせているような必死さが伺えた。
その想いを汲み取ったのか、男は口をつぐみ、悔しそうに歯をくいしばりながら女を見る。
二人の視線が重なる。やはり、そこに言葉は必要なかった。女は黙ったまま頷き、懐から細長い杖を取り出した。
「最後まで、我が儘を聞いてくれてありがとう。じゃあ、そろそろ行くから」
――別れの時が来た。
男も頷き、そして笑う。
――最後くらい、笑顔がいいだろう?
――いつもは気が利かないくせに、わかってるじゃない。
――何年、一緒に居たと思ってる。
――それもそうね。
無言で笑い合う二人の姿は、到底、別れを連想させはしないだろう。
だが、女はこの世界を去り、もう一つの世界へと旅立つ。
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