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「――思ったより、歪(ひず)みが進んでるようね」
某日、某時刻、神居山の中腹。
誰も訪れないはずのその場所に、異界の者は現れた――
※
神居山の麓にある小さな高台。廻魔市を一望できるこの場所に来るのは、もはや日課となっていた。
「あと、ちょっと……!」
荒くなった息と、熱を帯びた身体。坂道の急さに比例したペダルの重さは容赦なく足へと襲いかかる。
錆びたチェーンとギアは悲鳴のように軋み、今にも壊れてしまいそうな音をたてていた。
坂道にもかかわらずギアは最大。もう少し小さくすれば楽なのだろうけど、それはしない。
なぜなら、こうやった方がのぼり終えたときに味わえる達成感が大きいから。
目的地(ゴール)まであと数メートル。この微妙な距離がもっともつらいのだが、こればかりはなんど体験しようとも慣れようがなかった。
そして、とうとうふくらはぎまでもが悲鳴をあげはじめたのをきっかけに、残りすくない力を振り絞る。あふれる汗なんてお構いなしに、一気に坂道を駆け上がった。
ここまでくれば最後は気力だ。
痛みで限界を訴えてくるふくらはぎに鞭をうち、もういちどだけペダルをふみしめた。
――瞬間、オレを迎えてくれたのは雄大な景色と爽やかな風。
この高台の一番上からしか見ることのできない景色は、今日も相変わらず綺麗だった。
自転車から降りてゆっくりと景色を見ると、汗まみれの体躯を達成感が包む。
「……やっぱりここは最高だな」
視界いっぱいに広がる真っ青な空。
地平線の先に浮かんだ入道雲。
環境音には蝉時雨。
雄大な真夏の大自然を全身に浴びると、自分という存在のちっぽけさを実感する。
「あっちぃなー」
思いっきりあお向けにになると、そこは青天白日。
燦々と降りそそぐ陽射しに目を細めると、そよ風が髪を撫であげ、どこからか飛んできた鳥が鳴き声をあげた。
強張っていたふくらはぎが、ゆっくりとほぐれてゆく。
「すぅ~……」
吸ってー。
「はぁ~……」
はいてー。深呼吸。
まるで、自然と一体になったような感覚。体の力が一気にぬける。このまま眠ってしまいそうだ。
弛緩しきった体に残ったのは疲労感と爽快感。
そのなんとも言えない心地よさに魅せられて、こうして毎日ここに来ているわけだ。
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