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バタンッ。 ジャー……キュ、キ。 用を済ませ手を洗い、蛇口を閉める。目の前には鏡があるが、真ん中にヒビが入っていて顔は確認出来なかった。ただ沢山の鋭い三角形の画面に、男の体の部分部分だけが映り込んでいることだけは確認できた。 「自分はここにちゃんといる」 ぽつりと呟いて、男は鏡に背を向けた。 ガチャ。 トイレから出て図書館に戻ると、再び男は歩きだした。特に目的地があった訳ではない。ただ、この図書館がどれ程の広さなのか、と興味が沸いたのだ、そう言い聞かせて。 歩いても歩いても、延々と続く壁と本棚。そして、 ずっ……ずず…ずるり………。 静寂の中延々と追い掛けてくる、音。無関心を装って歩き続けても音は止まないし、ましてや立ち止まり振り返る勇気も無かった。 ずっずっ……ずるずるず…ずる、ずるずるずるずる。 歩く歩く、追う追う。時々唐突に曲がってみたりしても音は追ってきた。走ってもみた、結局、勇気を出して立ち止まってみたりもした。しかし走れば音も素早くなり、立ち止まれば音も止まった。 無機質な世界に有機物(せいぶつ)が二つ。ただただ体は自動的に歩き続け、脳だけがぐるぐると考えを巡らせていた。どうして他の人間に出会わないのか。いや、ちょっと待てよ。あの音の生き物はそもそも何なんだ? そんな意味を持たない疑問が頭を駆け巡り、混乱し、理性を貪り続けていた。
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