ある女侯爵の追想

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 ヴィンセントの緩んだ手を振り切って、赤いスカートにしがみつく。こんな行動に出たのは初めてだった。 「警察になんか行っちゃヤだ!」  分かっている、母が何をしたかなんて。扉の内側には血がべったりと付いているのだから。  それでも。どんなに自分を見てくれなくてもたった一人の家族だ。  しがみつくジョージアナの頭に手が乗った。 「ごめんね」  手は緩慢に動いて指の間に金髪を通す。 「ごめんね、ジョージアナ」  紫水晶の瞳は静かだった。 「お母さん、お父さんを殺した人が許せなかった。だから殺した。妾は掟に背いたんだ」  頭を抱き寄せられて、肩に顔を埋められる。 「大好き、ジョージアナ。愛してる。……ヴィンセント、後を頼む」  いつの間にかジョージアナの背後に立っていたヴィンセントに、娘の肩を軽く押して無理矢理預け、ドレスなど存在しないかのように、突如周囲の警察を蹴り倒した。  そのまま吹き抜けの方へ駆け出し、その手すりへ乗った。ポケットから小瓶を取り出し、中身を煽る。  母は穏やかに笑っていた。 「……ありがとう」
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