ある女侯爵の追想

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 そのまま吹き抜けを落ちていった。  “あの日”のジョージアナは ただ泣き叫ぶしか出来なかった。  最後に見えた黒い手袋に包まれた手を握れていたら、どれだけよかったか、と後悔ばかりを繰り返す。  助けることの出来ない幼い自分が恨めしくて。ヴィンセントの力にさえ抗えないのが悔しくて。  母の紫水晶の瞳がもう自分どころか何も映さないのだと思うと涙が止まらない。  階下から響く悲鳴も聞耳に入ってこない。  最期に母は微笑んだ。娘を思い、生涯愛した男に逢えると喜んで。      ‥†*†‥  窓が結露していた。明かりのない部屋の中で、パチパチと火がはぜる。  あれから何年も経っているが、いまだに母の最期は何一つ忘れていないし、あの紫水晶は目を閉じればそこにある。  日記には、母が生きた記録が記されており、最後の一ページには、“あの日”の経緯が書かれていた。  あの日、父の仇が夜の教会に来ると知った母は、あえて夜にも行き、接触を図ったらしい。それにどうやら最初から死ぬつもりでいたようだ。
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