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雨が降り出していた。
恨めしげに天を仰ぎ、厚くたれこめた鉛色の雲を睨み返す。
急がなければ――。
八坂ゆいりは、負傷した脚に力をこめ、高く跳躍して脱出口をめざす。
梅田の高層ビル群の間を矢のような速さで移動する。脚を負傷していても、十メートルぐらいのジャンプが可能だった。ここ――エリア・オーサカでは、そんな超人的な能力を発揮できた。
だが、だからといって、ここが素晴らしい楽園かといえば、とんでもない。事実、ここにはだれひとり住んでいない。それどころか、周囲三キロ内にいる人間は、彼女ただひとりだった。
時間がなかった。制限時間が迫ってきていた。エリア・オーサカは外界から閉ざされた空間だ。脱出するには、指定されたゲートを通らないといけない。しかもそのゲートは、事前に知らされた場所に一定の時間だけしか開いていなかった。そのタイミングを逃したら、ここから出ることはできず、異形の生物の跋扈する町で、絶望的な戦いの末に死ぬことになる。
小雨とはいえ、雨は鬱陶しかった。雨を弾くブルゾンを着ていたのがまだ救いだった。
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