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作業がひと段落したので、真帆はほっと一息ついてタブレット端末をポケットから取り出した。メールが一通届いていた。知らないアドレスだ。
何だろう、と首を傾げる。添付ファイルもなさそうなので、不用心だが開いてみることにした。
「真帆ちゃん先輩、どうかしました?」
「……え? いや、なんでもない」
慌ててタブレット端末をしまった真帆の顔は、明らかに蒼白だった。しかし子供のころからほとんど外に出なかった真帆は普段から血の気の失せたような顔をしていたので、真帆の動揺に結衣は気づかなかったようだ。
結衣がするオンラインゲームの音だけがしばらくコンピュータ部の部室を満たした。
……心が闇に侵食されるような恐怖を感じた。真帆はそれを振り払うように頭を振る。しかしそれは振り払えない。真帆を追うその闇は、どうしようもなく真帆のモノなのだから。
真帆はコンピュータをシャットダウンさせると、びっくりする結衣の声を背に、逃げるように寮の自室へ走った。
コップに水道水を注いで一気飲みした。水道水を飲むことに、飲んでから躊躇している自分に嫌気がさした。吐きそうになったが、意地で押しとどめた。
なぜか。
その水が、自分と重なったから。
この水を吐き出すことは、今の自分を拒絶することのように思えた。
日本の水道水はかつて、世界でもっとも安全だと言われていた。しかし、十五年前の事故のせいで、日本の水は汚染されているというイメージが今でも払拭されていない。日本国民ですら、水道水をそのまま飲むことに躊躇するのだ。
過去の罪はいつまでも背負い続けなければならない、そんなことはわかっているはずだった。受け入れ、その上に生きているつもりだった。
大きな光に見惚れすぎて、背負っている闇――咎を、忘れかけていた。
〈どんなに善人ぶっても、君の罪は消えないんだよ。〉
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