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駅のなかを帽子たちが流れていく。
先刻、到着したばかりの汽車からまた新たな帽子が溢れ出し、大きな渦となって駅のなかを流れ始めたところだ。
靴音。笑声。警笛。鐘。秋風。咳。口笛。欠伸。knock.電話。罵声。さまざまな音。
駅は中継地に過ぎない。乗客はもちろん、駅員もそうだ。駅が目的地となりうる人などあるはずがない。駅はあらゆるものが行き過ぎてゆく。
帽子、帽子、帽子。
ただ、その【鞄】だけがずっとベンチの上にあった。特長の無い色褪せた鞄。大したものが入っていないのは一目瞭然で、誰も気にかけようとしない。
鞄はくたびれている。
駅のなかを渦巻く巨大なざわめきの片隅で鞄はいかにもくたびれている。
いま、一人の男が何気無く鞄に近寄り、そっと持ち去った。
男は足早に、駅そのものを形成する帽子の群へと飛び込み、やがて見えなくなる。
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