能の無い鷹は隠す爪が無い

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  でもだからって、闇雲に頼る事はできない。 それじゃあ誰かさんと変わらないし、何よりゆかなだって、僕の事を煙たがっているのは自明だから。首の薄皮一枚繋がったようなこの命綱のためにも、中郷の家にはこれ以上迷惑をかけたくないんだ。 さて、と、僕は青く柔らかな空を見上げた。 最近鳴き始めたニイニイゼミのオーケストラはまだ頭数が揃いきっておらず、重奏を演出できずに悲鳴をあげている。ソメイヨシノと銀杏の群生する宗願寺の境内ならば少しはましに聞こえるだろうか。朝食のために少し家を早く出てきたから、今から宗願寺を突っ切っても遅刻にはなるまい。ゆかなと登校時刻をずらすのにもちょうどいい。 よっこらせとサドルに跨がり、重いペダルを踏み込む。 宗願寺夕空も、今ごろは向こう側でセミの声を聞いてるだろうか。向こう側で聴くセミの声は、比べ物にならないくらい孤独で悲痛な叫びだと言う。誰とも声を重ねる事が叶わない苦しみをただ独り歌い上げるみたいだと。夕空がこの前、そう語っていたのを思い出した。 その叫びは僕のお父さんにも、聞こえているのだろうか。  
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